『奥の細道』で芭蕉が「本当のみちのく」を歩いた前半。那須野から白河の関を越え、須賀川・武隈・塩竈・松島を経て、栄華の跡・平泉へ。名句の地だけを拾った看板マップでは飛ばした、道中の歌枕や古社寺もあわせてたどる東北の深掘り版。『木啄も庵はやぶらず夏木立』『夏草や兵どもが夢の跡』——みちのくの12か所を旅順に。
2026.08.23
·合計 約311.6km
日本、〒329-3443 栃木県那須郡那須町芦野
西行が『道のべに清水流るる柳かげ』と詠んだ、那須・芦野の柳。芭蕉もこの木陰に立ち『田一枚植ゑて立ち去る柳かな』——早乙女が田を植え終えるまでのひととき、いにしえの歌人に思いを馳せた。
日本、〒325-0301 栃木県那須郡那須町湯本182
九尾の狐の伝説が残る、那須湯本の火山ガス噴く荒地。『石の香や夏草赤く露あつし』——硫黄の匂いと熱を、芭蕉はそのまま句にした。近年ふたつに割れたことでも話題に。
日本、〒324-0213 栃木県大田原市雲岩寺27
参禅の師・仏頂和尚が籠もった山寺を、芭蕉は黒羽から訪ねた。静寂の木立に『木啄も庵はやぶらず夏木立』——きつつきさえこの庵だけは突かずにいる、と師の徳をしのんだ。
日本、〒961-0038 福島県白河市旗宿関ノ森 白河の関
古来、みちのくの入口とされた歌枕の関。『心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ』——ここを越えて、いよいよ本当の陸奥の旅が始まる。
日本、〒962-0832 福島県須賀川市本町81番地4
白河を越えた芭蕉は、須賀川の門人・等窮の家に7日逗留した。栗の木陰に隠れ住む世捨て人を見て『世の人の見付けぬ花や軒の栗』。みちのく最初の一句『風流の初やおくの田植うた』もこの地で。
日本、〒963-0534 福島県郡山市日和田町安積山
『花かつみ』という幻の花を探し歩いた、あさか山の地。芭蕉は『かつみかつみ』と日の暮れるまで里人に尋ね回った。歌枕をたどる旅の一場面。
日本、〒989-2448 宮城県岩沼市二木2丁目2−2
根元から二股に分かれた名松『二木の松』。歌に詠まれてきたこの松が健在だったことに芭蕉は感動し『桜より松は二木を三月越し』——江戸で見た桜から三月、ようやくこの松に会えた、と。
日本、〒985-0864 宮城県多賀城市市川田屋場16
古代陸奥の国府・多賀城に立つ石碑『壺の碑』。歌枕の多くは所在も定かでないなか、千年前の碑がそのまま残るのを前に、芭蕉は『行脚の一徳、存命の悦び』と涙した。旅でもっとも感激した場面。
日本、〒985-8510 宮城県塩竈市一森山1−1
陸奥国一之宮。芭蕉は早朝に参拝し、その荘厳さと東北の人々の篤い信仰に打たれた。境内の石灯籠に和泉三郎(藤原忠衡)の名を見つけ、忠義の武将をしのんだ。
日本、〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内91
日本三景・松島の古刹。あまりの絶景に芭蕉は句を詠まなかったと伝わる。伊達政宗が再興した荘厳な伽藍とともに、湾に浮かぶ島々をただ眺めた。
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2026.08.23
·合計 約311.6km
日本、〒329-3443 栃木県那須郡那須町芦野
西行が『道のべに清水流るる柳かげ』と詠んだ、那須・芦野の柳。芭蕉もこの木陰に立ち『田一枚植ゑて立ち去る柳かな』——早乙女が田を植え終えるまでのひととき、いにしえの歌人に思いを馳せた。
日本、〒325-0301 栃木県那須郡那須町湯本182
九尾の狐の伝説が残る、那須湯本の火山ガス噴く荒地。『石の香や夏草赤く露あつし』——硫黄の匂いと熱を、芭蕉はそのまま句にした。近年ふたつに割れたことでも話題に。
日本、〒324-0213 栃木県大田原市雲岩寺27
参禅の師・仏頂和尚が籠もった山寺を、芭蕉は黒羽から訪ねた。静寂の木立に『木啄も庵はやぶらず夏木立』——きつつきさえこの庵だけは突かずにいる、と師の徳をしのんだ。
日本、〒961-0038 福島県白河市旗宿関ノ森 白河の関
古来、みちのくの入口とされた歌枕の関。『心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ』——ここを越えて、いよいよ本当の陸奥の旅が始まる。
日本、〒962-0832 福島県須賀川市本町81番地4
白河を越えた芭蕉は、須賀川の門人・等窮の家に7日逗留した。栗の木陰に隠れ住む世捨て人を見て『世の人の見付けぬ花や軒の栗』。みちのく最初の一句『風流の初やおくの田植うた』もこの地で。
日本、〒963-0534 福島県郡山市日和田町安積山
『花かつみ』という幻の花を探し歩いた、あさか山の地。芭蕉は『かつみかつみ』と日の暮れるまで里人に尋ね回った。歌枕をたどる旅の一場面。
日本、〒989-2448 宮城県岩沼市二木2丁目2−2
根元から二股に分かれた名松『二木の松』。歌に詠まれてきたこの松が健在だったことに芭蕉は感動し『桜より松は二木を三月越し』——江戸で見た桜から三月、ようやくこの松に会えた、と。
日本、〒985-0864 宮城県多賀城市市川田屋場16
古代陸奥の国府・多賀城に立つ石碑『壺の碑』。歌枕の多くは所在も定かでないなか、千年前の碑がそのまま残るのを前に、芭蕉は『行脚の一徳、存命の悦び』と涙した。旅でもっとも感激した場面。
日本、〒985-8510 宮城県塩竈市一森山1−1
陸奥国一之宮。芭蕉は早朝に参拝し、その荘厳さと東北の人々の篤い信仰に打たれた。境内の石灯籠に和泉三郎(藤原忠衡)の名を見つけ、忠義の武将をしのんだ。
日本、〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内91
日本三景・松島の古刹。あまりの絶景に芭蕉は句を詠まなかったと伝わる。伊達政宗が再興した荘厳な伽藍とともに、湾に浮かぶ島々をただ眺めた。