貞享元年(1684年)秋、芭蕉は『野ざらしを心に風のしむ身かな』と詠んで江戸を発った。旅の途中で野垂れ死ぬことも覚悟した、41歳・最初の本格的な旅。東海道を西へ、富士川の捨子、桑名の白魚、大津のすみれ草——のちの名句の原点となった風景をたどる。※伊勢・伊賀・吉野は別マップ(笈の小文・伊賀)に譲り、野ざらし紀行ならではの地を中心に。
2026.08.25
·合計 約390.5km
日本、静岡県富士市
『野ざらしを心に…』と覚悟して江戸を発った芭蕉は、富士川のほとりで捨てられて泣く幼子に出会う。『猿を聞く人捨子に秋の風いかに』——猿の声に涙する詩人よ、この子の泣き声をどう聞く、と己に問うた。
日本、〒436-0002 静岡県掛川市佐夜鹿
歌にも詠まれた東海道の難所、小夜の中山峠。馬の背に揺られ、まどろみながら越える。『馬に寝て残夢月遠し茶の煙』——夢うつつに、遠ざかる月と、里の茶を煮る煙。
日本、〒511-0011 三重県桑名市東船馬町
海路『七里の渡し』で結ばれた桑名の湊。夜明けの海辺で獲れたての白魚を見て『明ぼのやしら魚しろきこと一寸』——曙の光に、一寸の白魚がきらめく透明感を掬いとった。
日本、〒520-0062 滋賀県大津市逢坂22
京と近江を隔てる歌枕の関、逢坂。大津へ下る山路で、道ばたにひっそり咲くすみれに足を止めた。『山路来て何やらゆかしすみれ草』——理由もなく心惹かれる、と。
日本、〒503-0887 岐阜県大垣市郭町2丁目52
大垣では旧友の俳人・谷木因が迎えた。長旅の果て、生きて宿にたどり着いた感慨を『死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮』と詠む。※のちに『奥の細道』の結びの地にもなる、芭蕉ゆかりの町。
日本、〒456-8585 愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1
当時、荒れるにまかせていた熱田神宮。すさんだ社頭で『しのぶさへ枯れて餅買ふやどり哉』——しのぶ草さえ枯れ果てた宮の前で、餅を買って宿とする侘しさを詠んだ(のちに社殿は再建される)。
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2026.08.25
·合計 約390.5km
日本、静岡県富士市
『野ざらしを心に…』と覚悟して江戸を発った芭蕉は、富士川のほとりで捨てられて泣く幼子に出会う。『猿を聞く人捨子に秋の風いかに』——猿の声に涙する詩人よ、この子の泣き声をどう聞く、と己に問うた。
日本、〒436-0002 静岡県掛川市佐夜鹿
歌にも詠まれた東海道の難所、小夜の中山峠。馬の背に揺られ、まどろみながら越える。『馬に寝て残夢月遠し茶の煙』——夢うつつに、遠ざかる月と、里の茶を煮る煙。
日本、〒511-0011 三重県桑名市東船馬町
海路『七里の渡し』で結ばれた桑名の湊。夜明けの海辺で獲れたての白魚を見て『明ぼのやしら魚しろきこと一寸』——曙の光に、一寸の白魚がきらめく透明感を掬いとった。
日本、〒520-0062 滋賀県大津市逢坂22
京と近江を隔てる歌枕の関、逢坂。大津へ下る山路で、道ばたにひっそり咲くすみれに足を止めた。『山路来て何やらゆかしすみれ草』——理由もなく心惹かれる、と。
日本、〒503-0887 岐阜県大垣市郭町2丁目52
大垣では旧友の俳人・谷木因が迎えた。長旅の果て、生きて宿にたどり着いた感慨を『死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮』と詠む。※のちに『奥の細道』の結びの地にもなる、芭蕉ゆかりの町。
日本、〒456-8585 愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1
当時、荒れるにまかせていた熱田神宮。すさんだ社頭で『しのぶさへ枯れて餅買ふやどり哉』——しのぶ草さえ枯れ果てた宮の前で、餅を買って宿とする侘しさを詠んだ(のちに社殿は再建される)。