元禄2年(1689年)春、松尾芭蕉は弟子の曾良を連れて深川を発ち、東北から北陸へ約2,400km・150日の旅に出た。道中で生まれた句は、いまも各地の風景とともに残っている。『夏草や兵どもが夢の跡』の平泉、『閑さや岩にしみ入る蝉の声』の山寺、『五月雨をあつめて早し最上川』……旅立ちの深川から結びの大垣まで、名句の生まれた地を旅順にたどる読み物マップ。※句碑・記念館など、いま訪ねられる場所を中心に。
2026.08.21
·合計 約1228.2km
日本、〒135-0033 東京都江東区深川1丁目11−11
元禄2年、芭蕉はここ深川の採荼庵(門人・杉山杉風の別邸)から旅に出た。『行く春や鳥啼き魚の目は泪』——別れを惜しみながらの門出。海辺橋のたもとに旅姿の芭蕉像が立つ。
日本、〒321-1431 栃木県日光市山内2301
旅の序盤、日光山で詠んだ『あらたうと青葉若葉の日の光』。新緑に照り映える東照宮のまばゆさを、家康を祀るこの地の威光に重ねた一句。
日本、〒961-0038 福島県白河市旗宿関ノ森 白河の関
古来、みちのくの入口とされた歌枕の地。『心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ』——ここを越えて、いよいよ本当の陸奥(みちのく)の旅が始まる。
日本、〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内111
日本三景。あまりの絶景に芭蕉は句を詠まなかったと伝わる(有名な『松島やああ松島や』は後世の作)。同行の曾良が『松島や鶴に身をかれほととぎす』を残した。海に浮かぶ五大堂はその象徴。
日本、〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
奥州藤原氏の栄華を伝える金色堂を前に、『五月雨の降り残してや光堂』。幾多の五月雨も、この光り堂だけは降り残したのか——朽ちぬ黄金の輝きへの感嘆。
日本、〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉柳御所14
源義経が最期を遂げた居館の跡。眼下に北上川を望むこの丘で、芭蕉は栄華の跡の草むらに涙し『夏草や兵どもが夢の跡』を詠んだ。奥の細道でもっとも名高い一句の生まれた場所。
日本、〒999-3301 山形県山形市山寺4456−1
1015段の石段を登る山上の古刹。岩々に囲まれた静寂のなかで『閑さや岩にしみ入る蝉の声』。蝉の声がかえって静けさを際立たせる、日本人なら誰もが知る一句。
日本、〒999-6401 山形県最上郡戸沢村古口86−1
梅雨で水かさを増した最上川を舟で下り、『五月雨をあつめて早し最上川』。各地の五月雨を集めて激しく流れる大河の勢いを、そのまま一句に。いまも最上峡を舟で下れる。
日本、〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向手向7
月山・湯殿山とあわせ出羽三山と称される修験の霊場。芭蕉はこの山々に籠もり、『涼しさやほの三日月の羽黒山』などを残した。杉並木と国宝の五重塔が迎える。
日本、〒018-0122 秋田県にかほ市象潟町象潟島2
かつて松島と並び称された景勝の潟。『象潟や雨に西施がねぶの花』——雨にけぶる合歓の花を、中国の美女・西施の憂い顔に見立てた。1804年の地震で潟は隆起し、今は田園に。芭蕉が見た海はもうない。
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2026.08.21
·合計 約1228.2km
日本、〒135-0033 東京都江東区深川1丁目11−11
元禄2年、芭蕉はここ深川の採荼庵(門人・杉山杉風の別邸)から旅に出た。『行く春や鳥啼き魚の目は泪』——別れを惜しみながらの門出。海辺橋のたもとに旅姿の芭蕉像が立つ。
日本、〒321-1431 栃木県日光市山内2301
旅の序盤、日光山で詠んだ『あらたうと青葉若葉の日の光』。新緑に照り映える東照宮のまばゆさを、家康を祀るこの地の威光に重ねた一句。
日本、〒961-0038 福島県白河市旗宿関ノ森 白河の関
古来、みちのくの入口とされた歌枕の地。『心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ』——ここを越えて、いよいよ本当の陸奥(みちのく)の旅が始まる。
日本、〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内111
日本三景。あまりの絶景に芭蕉は句を詠まなかったと伝わる(有名な『松島やああ松島や』は後世の作)。同行の曾良が『松島や鶴に身をかれほととぎす』を残した。海に浮かぶ五大堂はその象徴。
日本、〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
奥州藤原氏の栄華を伝える金色堂を前に、『五月雨の降り残してや光堂』。幾多の五月雨も、この光り堂だけは降り残したのか——朽ちぬ黄金の輝きへの感嘆。
日本、〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉柳御所14
源義経が最期を遂げた居館の跡。眼下に北上川を望むこの丘で、芭蕉は栄華の跡の草むらに涙し『夏草や兵どもが夢の跡』を詠んだ。奥の細道でもっとも名高い一句の生まれた場所。
日本、〒999-3301 山形県山形市山寺4456−1
1015段の石段を登る山上の古刹。岩々に囲まれた静寂のなかで『閑さや岩にしみ入る蝉の声』。蝉の声がかえって静けさを際立たせる、日本人なら誰もが知る一句。
日本、〒999-6401 山形県最上郡戸沢村古口86−1
梅雨で水かさを増した最上川を舟で下り、『五月雨をあつめて早し最上川』。各地の五月雨を集めて激しく流れる大河の勢いを、そのまま一句に。いまも最上峡を舟で下れる。
日本、〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向手向7
月山・湯殿山とあわせ出羽三山と称される修験の霊場。芭蕉はこの山々に籠もり、『涼しさやほの三日月の羽黒山』などを残した。杉並木と国宝の五重塔が迎える。
日本、〒018-0122 秋田県にかほ市象潟町象潟島2
かつて松島と並び称された景勝の潟。『象潟や雨に西施がねぶの花』——雨にけぶる合歓の花を、中国の美女・西施の憂い顔に見立てた。1804年の地震で潟は隆起し、今は田園に。芭蕉が見た海はもうない。