MAP ・ 15 SPOTS
奥の細道・名句をたどる ― 芭蕉が立ち止まった15の地
元禄2年(1689年)春、松尾芭蕉は弟子の曾良を連れて深川を発ち、東北から北陸へ約2,400km・150日の旅に出た。道中で生まれた句は、いまも各地の風景とともに残っている。『夏草や兵どもが夢の跡』の平泉、『閑さや岩にしみ入る蝉の声』の山寺、『五月雨をあつめて早し最上川』……旅立ちの深川から結びの大垣まで、名句の生まれた地を旅順にたどる読み物マップ。※句碑・記念館など、いま訪ねられる場所を中心に。
2026.08.21
·合計 約1,228km
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元禄2年、芭蕉はここ深川の採荼庵(門人・杉山杉風の別邸)から旅に出た。『行く春や鳥啼き魚の目は泪』——別れを惜しみながらの門出。海辺橋のたもとに旅姿の芭蕉像が立つ。
〒135-0033 東京都江東区深川1丁目11−11
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古来、みちのくの入口とされた歌枕の地

古来、みちのくの入口とされた歌枕の地
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日本三景

日本三景
あまりの絶景に芭蕉は句を詠まなかったと伝わる(有名な『松島やああ松島や』は後世の作)。同行の曾良が『松島や鶴に身をかれほととぎす』を残した。海に浮かぶ五大堂はその象徴。
〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内111
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奥州藤原氏の栄華を伝える金色堂を前に、『五月雨の降り残してや光堂』。幾多の五月雨も、この光り堂だけは降り残したのか——朽ちぬ黄金の輝きへの感嘆。
〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
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源義経が最期を遂げた居館の跡

源義経が最期を遂げた居館の跡
眼下に北上川を望むこの丘で、芭蕉は栄華の跡の草むらに涙し『夏草や兵どもが夢の跡』を詠んだ。奥の細道でもっとも名高い一句の生まれた場所。
〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉柳御所14
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1015段の石段を登る山上の古刹

1015段の石段を登る山上の古刹
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梅雨で水かさを増した最上川を舟で下り、『五月雨をあつめて早し最上川』。各地の五月雨を集めて激しく流れる大河の勢いを、そのまま一句に。いまも最上峡を舟で下れる。
〒999-6401 山形県最上郡戸沢村古口86−1
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月山・湯殿山とあわせ出羽三山と称される修験の霊場。芭蕉はこの山々に籠もり、『涼しさやほの三日月の羽黒山』などを残した。杉並木と国宝の五重塔が迎える。
〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向手向7
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かつて松島と並び称された景勝の潟

かつて松島と並び称された景勝の潟
『象潟や雨に西施がねぶの花』——雨にけぶる合歓の花を、中国の美女・西施の憂い顔に見立てた。1804年の地震で潟は隆起し、今は田園に。芭蕉が見た海はもうない。
〒018-0122 秋田県にかほ市象潟町象潟島2
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芭蕉は金沢に9日間滞在

芭蕉は金沢に9日間滞在
心待ちにしていた門人・一笑がすでに世を去っていたことを知り、『塚も動け我が泣く声は秋の風』と慟哭した。秋風には『あかあかと日は難面もあきの風』。ピンは金沢の象徴・兼六園(句碑は市内の願念寺などに残る)。
〒920-0936 石川県金沢市兼六町1
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奇岩の霊場として知られる古刹

奇岩の霊場として知られる古刹
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名湯・山中温泉で『山中や菊は手折らじ湯の匂ひ』。長旅をともにした曾良が体調を崩し、ここで一足先に発つ——ふたりが別れた地でもある。芭蕉の館にその足跡が残る。
〒922-0115 石川県加賀市山中温泉本町2丁目86−1
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北陸道の総鎮守
名月の夜に敦賀へ入り『名月や北国日和定めなき』——晴れると聞いた翌夜は雨、変わりやすい北国の空を惜しんだ。境内の白砂に月光が映える。
〒914-0075 福井県敦賀市曙町11−68
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150日の旅の終着点
門人たちが待つ大垣に着き、伊勢へ発つ舟の上で『蛤のふたみに別れ行く秋ぞ』。蛤の蓋と身が分かれるように人と別れて往く、旅の結びの一句。記念館で全行程を振り返れる。
〒503-0923 岐阜県大垣市船町2丁目26−1