御用邸は、天皇や皇室の方々が静養する「別邸」。宮内庁は規模の大きいものを離宮、小さなものを御用邸と呼び分けてきた。避暑・避寒のため明治期から各地の風光明媚な土地に営まれ、いまも那須・須崎・葉山の3邸が現役で使われている。廃止された邸のいくつかは記念公園として公開され、当時の建築や庭を歩ける。現存する3邸と、見学できる旧御用邸をめぐる読み物マップ。
2026.07.25
·合計 約984.9km
日本、〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色2038 葉山御用邸
1894年(明治27年)設置、御用邸のなかでも古参。相模湾を望む温暖な地で、皇室は主に冬から早春に静養に訪れる。大正天皇が崩御した地としても知られる。1971年の火災後、1981年に再建。付属邸の跡地は『葉山しおさい公園』として一般公開され、御用邸の庭の面影と海辺を歩ける。※本邸
日本、〒325-0302 栃木県那須郡那須町高久丙3254
1926年(大正15年)設置。敷地は約660ヘクタール=皇居の約6倍という、御用邸で最大の広さ。豊かな森に包まれ、皇室は主に夏に避暑で滞在する。2011年、用地の約半分(約560ha)が『那須平成の森』として開放され、遊歩道やガイドウォークで御用邸の自然の一端に触れられる。※御用
日本、〒415-0014 静岡県下田市須崎
1971年(昭和46年)設置の、現存でいちばん新しい御用邸。旧三井財閥の別荘地を買い上げたもので、昭和天皇が海の生物研究に親しんだ磯や、プライベートビーチ『三井浜』を擁する。皇室は主に夏に訪れる。ピンは御用邸の入口付近で、昭和天皇の御製歌碑が立つ。※邸内は非公開、周辺の海岸や爪木
日本、〒410-0822 静岡県沼津市下香貫島郷2802−1
1893年(明治26年)に皇太子(後の大正天皇)の静養所として造営され、1969年に廃止。駿河湾の千本松原に抱かれた約15万㎡が記念公園として公開されている。赤坂離宮から移した東附属邸、苔庭の美しい西附属邸を見学でき、御用邸建築の暮らしぶりがしのばれる。国の名勝。
日本、〒321-1434 栃木県日光市本町8−27
1899年(明治32年)、病弱だった皇太子(後の大正天皇)の夏の静養所として造営。江戸(紀州徳川家中屋敷)・明治(赤坂離宮)・大正の建築が一棟に溶け合う稀有な御殿で、106室を公開。明治以降の御用邸建築がほぼ完全に残る唯一の例として、2013年に国の重要文化財に指定された。御用邸
日本、〒329-2921 栃木県那須塩原市塩原1266−113
1904年(明治37年)設置の塩原御用邸は、三笠宮が毎夏通ったことから『澄宮御殿』とも呼ばれた。1946年に廃止されたが、御座所の棟が塩原温泉郷に移築され記念公園として公開されている(栃木県指定有形文化財)。温泉街の散策とあわせて、皇族の避暑の間取りを間近に。
日本、〒250-0522 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根171
ここは御用邸ではなく『離宮』——宮内庁は規模の大きいものを離宮、小さいものを御用邸と呼び分ける。1886年、芦ノ湖に突き出す塔ヶ島に箱根離宮が完成したが、関東大震災と北伊豆地震で倒壊。1946年に県へ下賜され公園になった。離宮を模した展望館からは富士と芦ノ湖が一望でき、御用邸と離
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作ってみる →御用邸は、天皇や皇室の方々が静養する「別邸」。宮内庁は規模の大きいものを離宮、小さなものを御用邸と呼び分けてきた。避暑・避寒のため明治期から各地の風光明媚な土地に営まれ、いまも那須・須崎・葉山の3邸が現役で使われている。廃止された邸のいくつかは記念公園として公開され、当時の建築や庭を歩ける。現存する3邸と、見学できる旧御用邸をめぐる読み物マップ。
2026.07.25
·合計 約984.9km
日本、〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色2038 葉山御用邸
1894年(明治27年)設置、御用邸のなかでも古参。相模湾を望む温暖な地で、皇室は主に冬から早春に静養に訪れる。大正天皇が崩御した地としても知られる。1971年の火災後、1981年に再建。付属邸の跡地は『葉山しおさい公園』として一般公開され、御用邸の庭の面影と海辺を歩ける。※本邸
日本、〒325-0302 栃木県那須郡那須町高久丙3254
1926年(大正15年)設置。敷地は約660ヘクタール=皇居の約6倍という、御用邸で最大の広さ。豊かな森に包まれ、皇室は主に夏に避暑で滞在する。2011年、用地の約半分(約560ha)が『那須平成の森』として開放され、遊歩道やガイドウォークで御用邸の自然の一端に触れられる。※御用
日本、〒415-0014 静岡県下田市須崎
1971年(昭和46年)設置の、現存でいちばん新しい御用邸。旧三井財閥の別荘地を買い上げたもので、昭和天皇が海の生物研究に親しんだ磯や、プライベートビーチ『三井浜』を擁する。皇室は主に夏に訪れる。ピンは御用邸の入口付近で、昭和天皇の御製歌碑が立つ。※邸内は非公開、周辺の海岸や爪木
日本、〒410-0822 静岡県沼津市下香貫島郷2802−1
1893年(明治26年)に皇太子(後の大正天皇)の静養所として造営され、1969年に廃止。駿河湾の千本松原に抱かれた約15万㎡が記念公園として公開されている。赤坂離宮から移した東附属邸、苔庭の美しい西附属邸を見学でき、御用邸建築の暮らしぶりがしのばれる。国の名勝。
日本、〒321-1434 栃木県日光市本町8−27
1899年(明治32年)、病弱だった皇太子(後の大正天皇)の夏の静養所として造営。江戸(紀州徳川家中屋敷)・明治(赤坂離宮)・大正の建築が一棟に溶け合う稀有な御殿で、106室を公開。明治以降の御用邸建築がほぼ完全に残る唯一の例として、2013年に国の重要文化財に指定された。御用邸
日本、〒329-2921 栃木県那須塩原市塩原1266−113
1904年(明治37年)設置の塩原御用邸は、三笠宮が毎夏通ったことから『澄宮御殿』とも呼ばれた。1946年に廃止されたが、御座所の棟が塩原温泉郷に移築され記念公園として公開されている(栃木県指定有形文化財)。温泉街の散策とあわせて、皇族の避暑の間取りを間近に。
日本、〒250-0522 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根171
ここは御用邸ではなく『離宮』——宮内庁は規模の大きいものを離宮、小さいものを御用邸と呼び分ける。1886年、芦ノ湖に突き出す塔ヶ島に箱根離宮が完成したが、関東大震災と北伊豆地震で倒壊。1946年に県へ下賜され公園になった。離宮を模した展望館からは富士と芦ノ湖が一望でき、御用邸と離