貞享4年(1687年)の仲秋、芭蕉は名月を見るために、門人の曾良・宗波を連れて深川を発った。目指すは常陸・鹿島、参禅の師・仏頂和尚のいる根本寺。舟と徒歩で利根川を渡り、雨にけぶる月を待つ——『鹿島紀行(鹿島詣)』の道のりをたどる、短い月見の旅の読み物マップ。
2026.08.25
·合計 約91.5km
日本、〒135-0006 東京都江東区常盤1丁目3−12
貞享4年の仲秋、芭蕉は名月を見るため、門人の曾良・宗波を連れて深川の芭蕉庵を発った。目指すは鹿島根本寺の参禅の師・仏頂和尚のもと。舟で川を下る、月見の小さな旅の始まり。
日本、〒272-0021 千葉県市川市八幡4丁目2−1
深川から舟で行徳に渡り、陸路を歩いて八幡へ。芭蕉一行が鹿島への道すがら通った下総の古社。千年の『千本公孫樹(いちょう)』で知られる。
日本、〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中2682
参禅の師・仏頂和尚が住した臨済宗の寺。芭蕉はここに泊まって名月を待ったが、あいにくの雨。それでも雲間を一瞬の月が走り『月はやし梢は雨を持ちながら』。境内にこの句と『寺にねてまこと顔なる月見哉』の句碑が立つ。
日本、〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中2306−1
常陸国一之宮、東国三社の一つ。武の神・武甕槌大神を祀る古社で、翌朝、芭蕉一行が参詣した。鹿島紀行の目的地。深い杜と『要石』で知られる。
日本、〒311-2424 茨城県潮来市潮来428
帰り道、芭蕉は水郷・潮来の本間自準の家に立ち寄り一泊した。ピンは潮来の古刹・長勝寺(源頼朝ゆかり)。あやめと川舟で知られる水の町で、月見の旅の静かな締めくくり。
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2026.08.25
·合計 約91.5km
日本、〒135-0006 東京都江東区常盤1丁目3−12
貞享4年の仲秋、芭蕉は名月を見るため、門人の曾良・宗波を連れて深川の芭蕉庵を発った。目指すは鹿島根本寺の参禅の師・仏頂和尚のもと。舟で川を下る、月見の小さな旅の始まり。
日本、〒272-0021 千葉県市川市八幡4丁目2−1
深川から舟で行徳に渡り、陸路を歩いて八幡へ。芭蕉一行が鹿島への道すがら通った下総の古社。千年の『千本公孫樹(いちょう)』で知られる。
日本、〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中2682
参禅の師・仏頂和尚が住した臨済宗の寺。芭蕉はここに泊まって名月を待ったが、あいにくの雨。それでも雲間を一瞬の月が走り『月はやし梢は雨を持ちながら』。境内にこの句と『寺にねてまこと顔なる月見哉』の句碑が立つ。
日本、〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中2306−1
常陸国一之宮、東国三社の一つ。武の神・武甕槌大神を祀る古社で、翌朝、芭蕉一行が参詣した。鹿島紀行の目的地。深い杜と『要石』で知られる。
日本、〒311-2424 茨城県潮来市潮来428
帰り道、芭蕉は水郷・潮来の本間自準の家に立ち寄り一泊した。ピンは潮来の古刹・長勝寺(源頼朝ゆかり)。あやめと川舟で知られる水の町で、月見の旅の静かな締めくくり。