貞享5年(1688年)秋、芭蕉は美濃から木曽路を越え、更科の里・姨捨山の名月を見るための旅に出た。目的は、ただ月を見ること。険しい木曽の桟から、棚田に月が映る姨捨、そして善光寺へ。『俤や姨ひとり泣く月の友』『月影や四門四宗もただ一つ』——月の名所をたどる信州の読み物マップ。
2026.08.25
·合計 約110.3km
日本、〒399-5607 長野県木曽郡上松町上松
木曽川が花崗岩を削った木曽路きっての名勝。浦島太郎が目覚めた地という伝説も残る。木曽路を抜けて更科へ向かう芭蕉も、この奇岩の渓谷を眺めた。
日本、〒399-5601 長野県木曽郡上松町上松 桟上1292-3
断崖に丸太を渡した木曽路最大の難所『桟(かけはし)』。芭蕉は『桟やいのちをからむ蔦かづら』——命がけで渡る桟に、蔦が命綱のように絡む、と詠んだ。今は石垣が残る。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡
更科紀行の目的地。棚田の一枚一枚に月が映る『田毎の月』で名高い、日本を代表する月の名所。芭蕉はこの月を見るためだけに、はるばる木曽路を越えてきた。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡4984
姨捨の棚田を見下ろす古刹。境内に芭蕉の『面影塚』と句碑が立つ。『俤や姥ひとり泣く月の友』——姨捨伝説の老婆の面影を、独り見上げる月に重ねた。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡
篠ノ井線の駅で、日本三大車窓のひとつ。善光寺平を一望し、眼下に姨捨の棚田が広がる。スイッチバックの駅から、芭蕉が見た月の里の全景を望める。
日本、〒380-0851 長野県長野市長野元善町491-イ
旅の終盤、芭蕉は信濃の名刹・善光寺に詣でた。『月影や四門四宗もただ一つ』——門も宗派もさまざまなれど、照らす月の光はただ一つ、と隔てを超える月を詠んだ。
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2026.08.25
·合計 約110.3km
日本、〒399-5607 長野県木曽郡上松町上松
木曽川が花崗岩を削った木曽路きっての名勝。浦島太郎が目覚めた地という伝説も残る。木曽路を抜けて更科へ向かう芭蕉も、この奇岩の渓谷を眺めた。
日本、〒399-5601 長野県木曽郡上松町上松 桟上1292-3
断崖に丸太を渡した木曽路最大の難所『桟(かけはし)』。芭蕉は『桟やいのちをからむ蔦かづら』——命がけで渡る桟に、蔦が命綱のように絡む、と詠んだ。今は石垣が残る。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡
更科紀行の目的地。棚田の一枚一枚に月が映る『田毎の月』で名高い、日本を代表する月の名所。芭蕉はこの月を見るためだけに、はるばる木曽路を越えてきた。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡4984
姨捨の棚田を見下ろす古刹。境内に芭蕉の『面影塚』と句碑が立つ。『俤や姥ひとり泣く月の友』——姨捨伝説の老婆の面影を、独り見上げる月に重ねた。
日本、〒387-0023 長野県千曲市八幡
篠ノ井線の駅で、日本三大車窓のひとつ。善光寺平を一望し、眼下に姨捨の棚田が広がる。スイッチバックの駅から、芭蕉が見た月の里の全景を望める。
日本、〒380-0851 長野県長野市長野元善町491-イ
旅の終盤、芭蕉は信濃の名刹・善光寺に詣でた。『月影や四門四宗もただ一つ』——門も宗派もさまざまなれど、照らす月の光はただ一つ、と隔てを超える月を詠んだ。