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奥の細道 出羽・北陸編 ― 平泉から結びの大垣へ
『奥の細道』の後半。平泉で折り返した芭蕉は、山刀伐峠を越えて出羽(山形・秋田)へ入り、最上川と出羽三山、日本海の象潟をめぐる。越後・北陸を南下し、金沢・山中温泉・敦賀を経て、旅は結びの地・大垣へ。『荒海や佐渡によこたふ天河』『閑さや岩にしみ入る蝉の声』——みちのく編に続く、旅の後半15か所を旅順に。
2026.08.23
·合計 約824km
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平泉で折り返し、いよいよ出羽へ

平泉で折り返し、いよいよ出羽へ
山あいの尿前の関で足止めされ、農家に三日間雨宿りした。『蚤虱馬の尿する枕もと』——旅のわびしさをそのまま詠んだ、忘れがたい一句。
〒989-6100 宮城県大崎市鳴子温泉尿前140
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紅花で栄えた尾花沢で、旧知の豪商・鈴木清風にもてなされ十日ほど逗留した。『涼しさを我が宿にしてねまる也』——くつろいで足を投げ出す方言『ねまる』に、心の緩みがにじむ。
〒999-4227 山形県尾花沢市中町5−36
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尾花沢からの寄り道で登った山上の古刹

尾花沢からの寄り道で登った山上の古刹
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最上川のほとりの舟着き場、大石田

最上川のほとりの舟着き場、大石田
地元の連衆と句を巻き、名句『五月雨をあつめて早し最上川』の初案『……涼し最上川』が生まれた。川はここから庄内へと下る。
〒999-4111 山形県北村山郡大石田町大石田999 4111
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月山・湯殿山とあわせ出羽三山と称される修験の霊場。芭蕉は山内に籠もり『涼しさやほの三日月の羽黒山』。杉並木と国宝の五重塔が迎える、出羽の聖地。
〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向羽黒山33番地
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『語るなかれ、聞くなかれ』とされる出羽三山の奥宮。芭蕉も掟に従い多くを記さず『語られぬ湯殿にぬらす袂かな』——語れない神秘に、ただ涙で袂をぬらした。
〒997-0532 山形県鶴岡市田麦俣十里山7 鶴岡市田麦俣六
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最上川が日本海に注ぐ港町・酒田

最上川が日本海に注ぐ港町・酒田
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旅の最北

旅の最北
かつて松島と並び称された景勝の潟で『象潟や雨に西施がねぶの花』——雨にけぶる合歓の花を、中国の美女・西施の憂い顔に見立てた。1804年の地震で潟は隆起し、今は田園に。
〒018-0122 秋田県にかほ市象潟町象潟島2
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日本海に沈む夕日と、沖に横たわる佐渡島

日本海に沈む夕日と、沖に横たわる佐渡島
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越後と越中の境、市振の宿

越後と越中の境、市振の宿
隣室に伊勢参りの遊女が泊まり合わせた夜『一家に遊女もねたり萩と月』——同じ屋根の下、萩と月のように対照的な二つの人生が、ひととき交わった。
〒949-0111 新潟県糸魚川市市振687
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芭蕉は金沢に9日滞在

芭蕉は金沢に9日滞在
心待ちにしていた門人・一笑がすでに世を去っていたことを知り『塚も動け我が泣く声は秋の風』と慟哭した。秋風には『あかあかと日は難面もあきの風』。ピンは金沢の象徴・兼六園。
〒920-0936 石川県金沢市兼六町1
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斎藤別当実盛が老いを隠して白髪を染め、討ち死にした——その甲(かぶと)が納められた社。芭蕉は甲を前に『むざんやな甲の下のきりぎりす』と、老武者の最期を悼んだ。
〒923-0955 石川県小松市上本折町72
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名湯・山中温泉で『山中や菊は手折らじ湯の匂ひ』。長旅をともにした曾良が体調を崩し、ここで一足先に発つ——ふたりが別れた地でもある。芭蕉の館に足跡が残る。
〒922-0115 石川県加賀市山中温泉本町2丁目86−1
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北陸道の総鎮守
名月の夜に敦賀へ入り『名月や北国日和定めなき』——晴れると聞いた翌夜は雨、変わりやすい北国の空を惜しんだ。境内の白砂に月光が映える。
〒914-0075 福井県敦賀市曙町11−68
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150日の旅の終着点
門人たちが待つ大垣に着き、伊勢へ発つ舟の上で『蛤のふたみに別れ行く秋ぞ』。蛤の蓋と身が分かれるように人と別れて往く、旅の結びの一句。記念館で全行程を振り返れる。
〒503-0923 岐阜県大垣市船町2丁目26−1